森は大きく鮮やかに季節によって移り変わる。
空も日ごとにその景観を変えていく。
人もモンスターも日々成長という名の光をみせる。
だが、成長の果てのあるいは何らかの要因による死というものを人もモンスターもいつの時代も畏怖する感情からは逃れられない。
それは生きていくうえでの生物としての本能的な恐怖。世界の理だ。

「いやぁあああ」

 常世の森深くで悲劇は起こる。
その日は綺麗な夕焼けが見える日だった。
「お母様! 死んじゃいやぁ。」
大きな巨体を誇るブルードラゴン。
その腹には瀕死の傷が深く刻まれており、息も絶え絶えなその巨体を守るべく小さなドラゴンの幼子が立ちはだかっていた。
「フン。そやつはもう助からないだろう。どけ。とどめを差してやろう」
「だめー」
幼いドラゴンは両手を広げ必死に母竜の前をかばうようにして立ちはだかっていた。
「もとはといえば、そいつが我に道を譲らなかったせいだろう。因果応報というではないか。
そこで果てるのもまた運命。お前もそこからどかないならば同じ目を食らわせてやるぞ」
  大きな竜に一撃を喰らわせた少女は、絹のような真っ黒で艶やかな腰まで届く髪に鮮やかな血の色をした紅い瞳を持つ小柄だが背の高い少女だった。
よく見ると所々裾が解れたりしている黒いドレスを身にまとい、艶やかに実に魅力的に哂っている。
その顔はモンスターから見ても人間としてはお世辞抜きに凛々しくて美しいと呼べるものだった。
一見14ぐらいの人の姿だが、よく見ると耳が尖がっていてエルフ族を彷彿とさせるような出で立ちだった。そのせいかどことなく高貴な雰囲気を感じる。
  それだけだったらどんなによかっただろう。ただのエルフや人間だったならば……
だが少女には恐怖がまるで付いてくるのが当たり前のように、自然体のように付きまとっていた。
何より畏怖するのは相対するだけでそこに大量の魔力が詰まっているかのような不思議な重圧感だった。
  そこからの一撃だったのだろう。
先ほどの一撃は目にも映らないほど早く烈しくドラゴンに瀕死の重傷を与えるほどの攻撃だった。
「フフ、今日は久々のご馳走だな」
ジュルリとよだれをドレスの裾で拭う少女はもう今晩のおかずのことで頭が一杯なようだった。


  魔のモノが住むとされる常世の森。
数百年ほど前から暗闇の森の中で逆らってはいけないものが森の仲間達のなかで暗黙の了解で定められていた。
それは口伝で密やかに伝えられてきた。

  一見、人のようなもの。
でも明らかに異なるもの。
それはモンスターですらない。

  それに逢ったら何を置いても逃げ出せと古参の竜が言っていた。
それが、目の前の存在だと気づいたのは母竜がそれによって傷つけられてからだった。
タダノニンゲンダトオモッテ油断シタ。
自分の見解の未熟さに幼い竜は舌打ちした。

「さて、焼いてたべるか。煮てたべるか。どちらかは貴様にえらばせてやろう。ブルードラゴンよ。ああ、デザートにそこの幼竜をソテーにして食べるっていうのもいいなぁ。」
そのモンスターを食料としか考えない少女の言葉にブルードラゴンの母竜は実に冷静に自分が助かる道を模索していた。
「お母様、傷痛い?私が癒しの術を使えていれば……高貴なる方、どうかお母様を食べないで。わ、私が変わりに食べられてもいいから」
震える幼い竜の必死な言葉に少女はふうむと何やら考えているようだ。
そこへ先ほどから痛みに呻いている母竜から思いもかけない一言が地上に降り落ちる。
「た……助けてくれ。私の子の言うとおり、この子を貴方様に差し上げてもいいから、せめて私だけは。それに私には毒があります。私を食べると貴方様にまで毒に犯されて死んでしまいます。
その点、この子ならば大丈夫、子竜のうちは毒はないのです。だからどうかこの子をお召し上がりになってください」
「お、お母様!!」
あまりの言葉に幼竜は絶句してしまった。
「その子の兄弟ならばたくさんいる。だが、私は一人だ。どちらかが大切かと問われると私の身に決まっておるだろう」
「そんな、私だって一人……」
母竜からの重い一言が幼い竜の心にリフレインして響く。
幼い竜に目からは自然と涙が溢れ出していた。
「フハハハ、仲間割れか……フム。もっと真っ黒になればそれだけ瘴気が漂って旨くなるからもっとやってやれ。
幼い竜よ、いままで母と慕ってきた本当の気持ちを知ってどうだ。
裏切りの味はいかがかな。……最高だろう?生存権の競争。それこそが世界の本質なのだ」
「ち……違うもん。お母様は痛みで意識がしっかりしていなくて。
だから、……。だからだもん。
本来のお母様はそんなこと絶対思わないはずだもん。
だってお母様はいつだって……」
「いつだって、偽りの心で演じてきたのさ」
「「違う。」」
大きな声でキッパリと幼い竜は否定した。
「残念だが、そろそろ茶番も飽きたな」
少女はふわぁあと欠伸して竜親子に近づいていく。
幼い竜は自分よりも背の高い少女を畏怖のキモチで見上げていた。
お母様と呼んでいた竜の真意はどうあれ、自分さえ少女に食べられれば、母竜は助かるのだ。
「お母様、どうか生きて」
だって私はお母様が大好きなのだから。
そう思って、目を伏せた。
母竜もこれで自分は安泰だと冷や汗を治めようとしていたときだった。

……何か大きなものが落ちる衝撃がした。

  首を刈られたのは母竜の方だった。
幼い竜はその音に目を僅かに開けて見えた光景に絶句した。
「あ……ああああーー」
「ど……どうして……」
どうして自分はまだ生きているのか、幼い竜はまったく分からなかった。
震える声で高貴なる少女を見上げると少女は満面の笑みで見返してきた。
「こいつよりもお前の方が旨そうだからな。
それにこいつは屑だ。歳で劣化して賞味期限切れかけのコイツの身を差し出すべきなのに粛々と芽を伸ばしてこれから旨くなる新緑の方を差し出すなんて、なんて勿体無い」
「で……でもお母様の体には毒が……」
「んなもん、あるわけないだろう?ブルードラゴンの身は毒なぞないぞ。
過去にコイツと同じやつ何回も食べたけれど一度だってそんな毒にあたりやしなかったしな」
「過去に……って」
「コイツと同じ、ブルードラゴンだ。
味はなかなかいけるんだがな、硬いのが難点だな。まあ煮ればその問題も消えるか」
  淡々と述べる少女に幼い竜は呆然とし、涙が一滴頬を伝う頃には目は正常に機能しはじめていた。
そして次に沸いたのは……怒りだ。
「この……ドラゴン殺し!!
あなたの血肉は腐っているわ。あまり感じられないし、一見人間のようだけれど、あなたも同じモンスターでしょう?モンスター同士喰い散らかすなんて…。下劣よ!」
狂ったように叫ぶ。
「幼竜よ。それは違う」
ドラゴンの腹の肉を手早くさばきながら、どこからか鍋と水を取り出してそこらにあった木で火をおこし、煮込みはじめる少女に幼い竜はただただ呆然とした。
「人だって、違うものとして牛や豚や鳥を食べるだろう? 中には禁止されているモンスターも食べるものも地方によっている。それは皆同属とは認めていないからだ」
「でもあなたはモンスターで……」
「モンスターだって種類がある。お前だって、そのうち大きくなれば人という種類を食べるだろう?人とモンスターの食生活はそこまで大して変わりはしないのだよ」
ま。人間の肉は硬くて臓器もさほど旨くはないんだけどね。
とケラケラ哂う少女に幼い竜はそれでも食い下がるわけには行かなかった。
だって、
「……でも! でもでも……お願い、お母様を食べないで」
食べられてしまう。
自分が今まで育ててもらっていた大事な母が……幼い竜は強く願う。
そして。
「自分をだしに逃げようとした大事な母が……だろう?幼い竜よ」
「なぜ……」
「話していないのに言葉が分かるのかって?そういう能力も私にはあるからな。
だから母竜の気持ちも私にはずっと筒抜けだった。それを庇うお前はやけに滑稽だったぞ」
フフフと笑みを浮かべる少女には悪気はこれっぽっちもない。
少女は真実を見通す目でみたことしか信じない。
「彼女はもっと残虐なことを考えていたから……
我を幼竜ごと吹き飛ばしてしまおうなんて浅知恵、この我にむかってしようなど笑止千万だ」
「お母様がそんなわけないじゃない」
  幼い竜はあまりにも母竜を盲目的に信じていたからそれに気づけなかった。
幼竜の母は短絡的で底の浅い考えの持ち主だったということに。

「お。煮えたな。お前も食うか?」
「食べないわよ。あなたには違う種族かもしれないけど、私にとったら同属だし」
「そうか。残念だな。旨いのに」
そういうと少女は鍋ごと口に持っていき鍋は一瞬にしてからっぽになった。
「食った食ったー」
 少女が食べていた僅かな間、幼い竜は思い出していた。
初めてツバサを使って空を飛んだ瞬間の母の嬉しそうな顔。
いたづらが見つかって厳しくしかりつける顔。
一緒にいたづらをして逃げ回った日々を。
それが悪夢にかわる瞬間も。
「思い出もうまかったぞ。幼竜」
フフフと笑う少女に幼い竜は「そう」とだけ言い残し幼い竜は骨が見える母竜の死体を眺めた。
あたりは夕闇が濃くなって、そろそろ夜の時間の始まりだ。

「私もデザートとして食べるんでしょう?」
ポツリと少女はつぶやく。
「ああ。お前のは瘴気に晒されていてさらにおいしそうだ」
ゴクリと喉をならす少女をみて幼い竜は自暴自棄になっていた。
「なら早くして。私をお母様のところへ連れて行って」

「だが断る」

「なっ、なんで美味しそうなんでしょ? 今すぐ私を食べたいくらいなんでしょう?」
「お前は成長して老竜になってから食べてやる。
お前の母はすっぱ過ぎた。
ならば今度は苦味がますまでしっかりと成熟しきったのを食べてみたいじゃないか」
「ろ……老竜になんて……成長するまで待ってたら何百年、いえ何千年かかると思ってるのよ。オマケに故意じゃなくてもあっという間に死んじゃうこともあるかもしれないのよ」
「大丈夫。お主は死なんよ。我がずっと支えているからな。食料にあえぐこともないだろう」
「なんであなたと一緒にいなくちゃいけないのよ。……どうして、そこまで……。私は貴方が憎いのよ。無意識に貴方を殺してしまうかもしれない」
挑戦的な目をむける幼い竜に少女はクスと嘲笑して安堵の声をあげる。
「母竜に対してわずかな嫌悪感をずっと秘めてきたくせにそれを解き放った我にお主はそんなことせんよ」
ニヤっと笑って少女は言う。
「……っぅ」
「とにかく、どこにいくあてもないんだろう? だったら我の傍にいたらどうだ。
ちょうど我も話し相手が欲しかったところだ」
そうだ、そうしたらいいと少女は勝手に納得して自分の考えに満足しているようだった。
「そんなことできるわけないじゃない。
母竜を殺された相手のもとで生活するなんて正気でなんかいられないわ」
「大丈夫だ。
今現在正気だろ? お主。母を殺されて悲しんではいても悔やんではいないだろう。
我のほんとかどうかも分からぬ嘘にもしっかり耳を傾けておったし」
「嘘だったの?」
にわかに血気づく幼竜にフフフと笑って本当だと返してみると幼竜は一気に萎んでいった。
「いつか母の恨みを晴らすでもよし、我の下僕として過ごすもよし、我に食われるその日まで共に寝食をしようではないか」
「……」
「逆に我が弱くなったと感じたら……その時は、お前の力で一気に殺してくれても構わない。この世はしょせん弱肉強食だからな」
真剣な少女の眼差しに幼い竜は一瞬電撃が走ったような気がした。
この少女はこれまでの人生を獣の性で生き抜いてきたのかと幼い竜は悟った。
ならば、幼竜が加わることでどうなるのだろう。
一人が二人になって三人になってもっと大勢の幼い竜と同じ立場のものが出来たらどうするつもりなのだろうか。
「そんなことはありえないよ」
言読みの力を発揮して少女は口を出してきた。
「私を気まぐれに囲うのでしょう? だったらその気まぐれもいつ起こるかわからないじゃない」
「確かに」
どうやら私の主候補のこの少女はそうとう気の向くままに生きてきたらしい。

「ところでそろそろ幼竜とよぶのにも飽きたな。名を聞くから名乗れ」
「竜族のおきてにより私の本名は将来を誓いあった相手しか教えられません」
「なに?誓ったじゃないか。私の下僕となって仕えるのだろう」
「了承してないわ」
「我がこのチャンスを逃すとでも思っているのか。
なんなら足一本もぎ取ってでも下僕にするが、五体満足で下僕になりたいだろう?」
逃がさないと一気に先ほどから抑えられていた獰猛な悪意は周囲を囲った。
「……わかったわ。では、名は貴方が付けて」
「ほう」
「私の本名はやはり私のものです。だから名を新しくあだ名をつけてください」
「そうか。
ならば、そうだな。リコレッタというのはどうだ。我の好きな花、紅い花のリコレスの名からとった」
「リコ……レッタ。リコレッタか。ありがとうございます」
「気に入ったか」
「まだ何も言ってないわよ」
「嬉しいという感情が流れてきてるぞ」
「!! 感情を読むの辞めてちょうだい」
リコレッタは真っ赤な顔をして新しい主を見やった。
「ふむ。リコレッタは照れ屋なのだな」
ニコニコとさっきまで殺伐としていた空気を一気に追いやった主は新しい友人の誕生に心から喜んでいた。

「それで、貴方の名前は何というの?」
こちらだけでは不便だからとリコレッタは少女の名を尋ねた。
「ふむ。それがな……我の名前は決まっておらん」
「え」
「今まで一人だったからな。無くても不便なかったし。そうか二人になると名がいるようになるのか」
それは困ったなぁと少女は全く困っていないような顔でぽりぽりと頭をかいた。
「今までどうしてたのよ。最低限この森の他のモンスターなどと捕食者として会ったりしていたんでしょう」
「ああ。奴らは何故か知らんが、喰われる寸前にああ。なんだっけな。
マオー……だのマオ……だの言っておったかな。だから大方そんな処だろ。我の名前はマオだ」
ソレは、この森に住むとされる魔王のことでは…リコレッタはとたん不安に襲われた。
「では、マオ様。マオ様はこの森に住むといわれる魔王なのね」
そんな大それた方だったとは……とリコレッタは自分の無知を呪ったと同時に嬉しさがこみ上げてきた。
お仕えする方がそんな偉大な方と知れば、この先自分とともに時間を過ごしていくうちに色々なことが起こるだろう。それを魔王と呼ばれる少女とともに解決していくのも悪くない。

「ん?魔王ってなんだ?旨いのかソレ?」

 サラリといわれた言葉にリコレッタは大層悩んだ。
「リコレッタ……リコ?何をそう複雑に悩んでおる?」
マオは飄々とした顔で尋ねるがリコレッタはさらに苦しそうだ。
魔王もしらないなんて。この人一体どんな環境で生きてきたのだろう。
  魔を冠するその最たるモノ……それが魔王だ。
人を貶め、勇者と戦い、何千年と闇の中を巡るモノ。
全てのモンスターの憧れがそれがマオだなんて買いかぶりすぎたのかもしれない。
きっとマオは一般の普通のモンスターだ。
そうに違いないとリコレッタは思い直し、なんとか地を保つことに成功した。

「それで魔王って?」

「あなたには一生わからないものよ。きっと」

  後々、リコレッタのこの言葉は別の意味で本当になるのだが、魔王を巡るお話はまた別の話……


‘‘__________この世の全ての魔を統べる者は一体だれだ?‘‘



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