人間どころかモンスターさえ近寄らない深き森。
その暗い森の中に皆から見放された廃城がある。
かつては光輝く栄光を飾っていただろう立派な城は今やあちらこちらが崩れ落ち建物をつたう蔦はただでさえ近寄りがたい城をさらに不気味な存在と強く宣言していた。
 
 そんな城の玉座は今や一人の少女のものと化していた。

 艶やかな黒く長い髪に平均より少し高い身長、ほっそりした肢体を持ち印象的な紅い目をした少女――マオだ。
「なぁ、リコレッタ。最近やたらと森に人間が来るな」
城の付近の森はことごとく侵入者を阻む。
誰が行ったのかは知らないが数多の城を守る為の仕掛けがされているからだ。
森近くの周辺住民はそれを身をもって実感したことのあるものばかりなので絶対にこの森の奥地には近寄らないし、見向きもしない。
そんな罠を潜り抜け、この城までこれた者がいたら、きっと名誉な者として敬われることだろう。
――今のところいないが。
「そうですね。マオ様、以前に比べたら10割増しですね」
そう10割……全てだ。
少女から少し離れた王冠の台座の上に小さな蒼い竜、リコレッタが止まっていた。
無謀な挑戦だ。とマオは思う。
「……しかも度胸のないやつばかりでちっともつまらん。森の入り口で右往左往しやがって。入るなら入ってこいと言いたくなる奴らばかり……
こないだなんか待ってられずに我が声をかけただけで逃げて行ったぞ」
通常時ならいざ知らず、人の気配も全くしないこの森で問いかける声が聞こえたなら幻聴か酷いときには幽霊なるものの仕業と思って逃げ出すのが普通である。
実際、自殺しようと企む輩がこの森に入ってくることも多い。
めんどうだから放置しておくが。

「きっと、王の御触れが出たせいでしょうね。
魔王を倒せとかなんとか言って一部で盛り上がってるみたいです。
……もっとも、この森すら越えられないグズな者ばかりみたいですが……
そういえばあの少年と竜はどうしているのでしょう?」
 それはこの間行ったトーレスカ祭で出会った少年達、キーリとヴァイオレットのことだった。
オークションにかけられそうになったマオ達の逃走を手伝い、最期はなんとマオに求婚までした変わり者の勇者志望の少年のことだ。
「リコレッタ、勇者の話はもういい」
不満げにマオは答える。
よっぽどあの少年が気に入らなかったのだろう。

「……今日も退屈だな。何か面白そうなことはないか?」
ぶすっとした顔で問いかけた主人にリコレッタはうーむとしばらく唸った。
「そうですね。
――氷山に出ると言うモンスターの見学はマオ様が暴走して倒しちゃいましたし、
――よくわからなかったトーレスカ祭はこないだ行きましたし、
――野生の林檎の群生地は去年マオ様が林檎の木ごと食べつくしてしまって無理ですし……
うーん。どうもないですねぇ……」
その返答に気を悪くしたらしいマオはハッと息を吐いた。
「どれもつまらぬものばかりだったぞ。何か我に衝撃を与えるぐらいのものはないものか?」
リコレッタはマオの言葉に力なく首を振って答えた。
「どれもマオ様が倒したり、壊したりして滅亡させていくからじゃないですか。
もっと普通に楽しみましょうよ……」
疲れたようにリコレッタは言う。
「ふむぅ。我はもっと刺激が欲しいぞ」
「無理ですってば」
「いーや、探せばきっとどこかにある!」
「今日はあきらめてください。そうだ! 来週、来週ならカドレナの花が見事に咲いていると思いますよ?」
リコレッタの必死の提案にマオはやや持ち上がったが……
「来週までなんて、待ってられるか!? 今すぐに何か用意せよ」
すぐに否定の言葉を口にした。
「無理です。マオ様!」
それに対してリコレッタはさきほどと同じように強く否定した。

「ま……魔王ですって!!」

 白い聖装をまとった聖人が何時の間にか玉座の間にやってきていた。
頭にはぶかぶかのフードを深くかぶり、その効果でスタイルや男か女かさえ一瞬わからなくしていたが、先ほどの声からするにおそらく女だろう。

「――人間の女が何の用だ? その前に森を抜けてきたのか?」

マオは森を無事抜けられたことに感嘆の声をあげ、警戒して玉座から立ち上がる。
 女から見て、暗がりでよく見えなかっただろう玉座に座っていたマオの顔が露わにされた。
「……綺麗」
ポツリと女は呟いた。
 マオのサラサラとした髪は彼女の背に広がり、体全体を包むように流れ落ちる。
堂々としたその態度は見るものをひれ伏せさせてしまう引力があるようだ。
何より女の体を縛りつけたのはマオの紅い目だ。
それは最高級の光を反射する紅い宝石を連想させる。
「魔王じゃなくて、正確にはマオ様ですよ! この人間!!」
小声でそう言うとリコレッタは憤然と女を見下ろした。
「何をしにきた?」
暫く呆然としていたが女はそこではじめてはっとして頭にかぶっているフードを取った。

 小柄で鼻筋もスッキリとしており賢そうな人間の女だった。
歳のころでいうと19歳かそこらだろう。
化粧を必要としない若い肌にはみずみずしさが溢れている。
森を抜けるときに苦労したのか、まばゆい銀の短い髪の毛先があちらこちらに飛び散っていた。
新緑の瞳は街中に咲く草花のようにどこにでも似合い、清い心を持ち、心が安いでいく安心感を約束してくれることだろう。

「……初めてお目にかかります。私、教会の牧師をしています。ルシアといいます」
「教会がなんだというのだ? 聖女よ」
「せ……聖女だなんて、とんでもない。私はただのルシアですわ」
あわてて言を紡ぐ女はどう見ても生娘だった。
「ルシアよ。ここには教会は必要ない。今すぐ出て行け」
さらりとマオから紡がれたのは聖なるものを拒否する言葉で、ルシアはそれに対して大層あわてた。

「そうは言ってられません。魔王様! あなたは聖典をよく学ばなければなりません。
噂ではとんでもないことをトーレスカ祭で行ったとか」
闇世界の人間とは恐ろしい、マオの出現の噂は何時の間にかこんなところにも広がってしまっていたらしい。
「あーあれは相手が悪い。我を売ろうだなんて考えるから……」
「それでも……です! 相手が悪かろうがこちらは聖人のような清らかな心でいつでも応じなければなりません。それが人の道というものです」
「我はモンスターなのだが……?」
つっこむマオにルシアは気にも留めないのかそのまま力説を続ける。
「我々言葉を持つものが生まれてきたのも神のおぼしめしです。
きっと平和というものを語り合う為に言葉を話せるようにと神はそうなさったのです。
……ですから、魔王様!」
「嫌だ」
マオは続く言葉が何か目に見えていたので直ぐに否定をした。
「……まだ何も言ってませんが」
「我は我のしたいようにする。それこそ破壊でも平和でも……だ」
我を縛るものはいらない。滅ぼしてしまえ。
マオはそう思う。
それこそが彼女が魔王と呼ばれる所以なのだ。
「そうです。マオ様。そんな人間の言葉など耳を傾けることは御座いません。マオ様は自然体が一番輝いておられます」
話を黙って聞いていたリコレッタはぽつりと主に忠言をした。
「だそうだ。聖女よ。用が終わったならとっとと帰れ!」
マオは強い視線をルシアに向けた。
瞬間射すくめられたようにルシアは呼吸が苦しくなっていくのを感じた。




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