リコレッタは投げ出されてからピクリとも動かず、倒れたままだった。

「貴様……よくもリコレッタを」
ごぅっとあたりに魔が吹き荒れた。
「……なんだ? これは、お嬢さん?」
屋敷に開いた穴から見える空も一気に雨が降り出しそうなぐらい暗く染まってしまっていた。
「リコレッタを元にもどせ!! 今すぐにだ!」
「マオ!!」
ルシアと戦っていたキーリもマオの異変に気づいたらしく、マオに向かってやってきた。
「マオ、正気になれ!!」
ポトンとその時、何かが落ちた。

「マオ……?」

「――リコ……。リコレッタぁあ――!!」
その声を合図に空から轟音が響き、いっせいに豪雨が振り出してきた。

雨は屋敷に開いた穴から屋敷の中に入り一気にマオの全身を濡らしていく。
まるでマオが泣いているみたいだった。

「……リコを返せ……」
それは雨にかき消されてしまいそうなほど小さな声。
「リコレッタを返せ!!」
今度は明確な殺意を持ったしっかりとした声。
「何。大丈夫だよ。お嬢さん、そこのブルードラゴンの幼竜はしっかり私の役にたってくれることだろ……!?」
何が大丈夫だというのか、我の大事な食料を横取りした不埒物め……マオはやけにさえわたる頭で考えた。

うつむき加減だった顔をマオは上げて、エドワーズと目線を合わせる……その鋭さに、突きつけられた刃のような瞳にエドワーズは一瞬躊躇した。マオはギラつく目で、もはや動かなくなったリコレッタを見、目を伏せた。
「ああ……無性にやるせないな……」
「マオ、それが哀しいということだよ」
キーリはそんなマオを見ながら幼子に諭すように言った。
「そうか、この感情が哀しいというものなのか」
マオはポツリと呟くとフッと首を振った。
哀しい気持ちを飛ばそうとしての行為だったが余計に空しさがわいた。
「リコレッタ。お前の命を持って私は生かされてきたのだな」
ふっと、マオは自嘲気味に笑う。
「竜の血はなかなかだったぞ? 次は、お嬢さんの血も頂こうか……?」
「黙れ、下種が。我が直々にバンパイア退治をしてやる!」
マオは怒りをもってエドワーズを見つめた。
まるで焔のような紅い瞳と瞳が交差する。
マオの瞳に溜まる液体は光に反射しまるで血のようだった。

「はっ!!」
次の瞬間、マオは自身の持てる最大スピードでエドワーズに蹴りを放った。
「なっ」
いきなり現れたマオに反応しきれず、エドワーズに攻撃は当り、エドワーズは衝撃を殺しきれず後方へと吹っ飛んだ。
「お前は殺す! 餌になどしてやるか!」
マオは完全に理性を失っているのか、倒れているエドワーズに猛攻を仕掛ける。
下段からの蹴りでエドワーズを空中に上げ、強烈な肘鉄を首筋を狙って打つ。
「くっ!」
「楽になんかしてやるものか」
強烈な一突きがエドワーズの腹に命中した。
へなっとまるでこわれた玩具のように痙攣しながらエドワーズは倒れた。
落ちていたナイフをマオは拾いあげると最高速のスピードとその的確な獲物を狙う技術でエドワーズの腹を狙った。
が、偶然かエドワーズは急に咳き込むと同時に紅い血を吐いた勢いで狙いが外れた。
「はずしたか、だが今度は避けられないだろ?」
瞬時に持てるだけの魔力で構成した魔球を右手にこめマオは放った。
「ぐっ……」
再び蝙蝠に化け、間一髪かわしたエドワーズだったが、約半数のエドワーズを構成する蝙蝠に直撃した。

再び現れたエドワーズは血だらけだった。

「こんなので許されると思うなよ!」
マオは呼吸を整えようと必死のエドワーズに高速で近づき、頬を蹴り、倒れて動けないエドワーズの手をヒールでぐりぐりと踏みつけた。
「ぁあああああ!!」
――悲鳴は甘美だ。
――恐怖は力を与える。
――私の心まで支配しているはずの悲しみは……塩辛く旨かった。

それは魔に属する者が感じる他者の念。
さぁ晩餐を始めよう。
魔王と呼ばれる少女のとっておきのディナーを。

あまりに長くヒールで踏みつけられていた為かグチャリとした感触が伝わってきた。
それをゆっくりと持ち上げ、マオは流れ落ちる紅い液体で喉を潤す。
「あぁ、なんて……」

「不味いだろ?それ」

振り返ってみれば、ルシアの手をしっかりと捕まえたらしいキーリがいた。
「本当はわかっているよな。マオ。そいつは不味いはずだ」
「ちが……こいつは私の大切なものを壊した。死すべきものだ!! 餌にすらならない」
「違うだろ? リコレッタさんはマオの餌じゃなかったのか? それが他人に喰われただけのことだろ?」
「そんなの関係ない!!……わ……我は……リコレッタは我の傍にいないと駄目なのだ……」
興奮状態だったマオの瞳に生気が戻った。
「それなのに。……それなのに。リコレッタがコイツに食べられてしまったんだ」
拙く喋るマオはまるで迷子になったかのよう。
「リコレッタは世界で一匹しかいないブルードラゴンだったのに」
そう一人……一人だ。マオを理解し、サポートを何時の間にか長い年月やってくれていた。
「だから、仇はとらないと。……そうしないとリコレッタがうかばれないだろう?」
泣きながら首をかしげるその様子にマオが正気ではないとキーリは判断した。
「そんなことをしてリコレッタが喜ぶなんて思ってないくせになにやってんだよ!!」
「違う。リコはきっと……」

「ぅ……?マオ様?」
「リコレッタ?」

「はい、マオ様。何をなさっておいでですか?」
よろりと立ち上がるその姿にマオはめまいがした。
同時にマオから大量の魔が抜けていく。

「あぁ、リコレッタ」
ふっと力が抜けたようなマオをキーリは静かに抱きとめた。




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