辺り一面、喧騒が広がっていた。

見えるは沢山の馬、聞こえるは蹄の音。
大勢の人間の呻き声に野次する声、威勢のよい掛け声。
いづれも土埃をあげ、不安定な視界の中で武器の重なる音が響く。
それに鉄砲のものだろうか?発砲音まで聞こえてくる。
そのはるか上空に一匹の大きな竜の影が現れた。
影は喧騒の上をツバメのようにくるくると回りやがて一定の位置に待機した。

「……リコレッタ。あそこに降りろ」
「駄目です。マオ様。今、下では人間同士の戦争中なのです」
特に何でもないように言ったのは黒髪に紅目の少女、マオだ。
その耳は人間ではありえないほどに尖り、精巧な造作の顔は瞳の色と合わせて妖艶な雰囲気をかもし出していた。
それにNOと答えたのは今、現在マオの体重を支えて尚、余裕がありそうな大きな竜の姿に変身しているマオのしもべ兼非常用食料ことリコレッタだ。
ちなみに本来の姿にもどると枕ぐらいの大きさだ。

「なんだか面白そうではないか。望むところだ」
「駄目ったら、駄目です。いくらマオ様といえど戦の中に自ら飛び込んでいくなんてどうかしてますよ」
「ふむ。どうしても駄目か?」
「ええ。駄目です。さ。久々の遠出だったのに嫌なものを見てしまいましたね。さ。帰りましょう」
「仕方ないな」
その言葉に主人は大人しく諦めてくれたのだとリコレッタは思った。
だがその言葉が別の意味をはらんでいると知ったのはそれが起きた事後だった。
「とぅ!!」
ひゅんっとマオは地上100Mはあるだろう距離をリコレッタの背からつまりは上空から飛び降りたのだ。
「「マ……マオ様!!」」
これに慌てたのはリコレッタである。
急に軽くなった自分の背を首を長くして見るなり、全速力で落下途中のマオを捕まえようと追っていく。
だが、哀しいかな。マオの方が地上に着くのが早そうだ。

地響きを周辺に響かせマオは着地した。

足型がくっきり地面に残るぐらいめり込んだマオだったが、リコレッタの心配とは無関係にマオはピンピンしていた。
「ふー。久々のダイブも気持ちいいものだな」
「マオ様――!! なんてことをなさるんです! リコは心臓が止まるかと……」
リコレッタに気づいたマオはにっこり笑い、すまんと一言呟いた。

「なんだ、なんだ!! 何か降ってきたぞ。敵の大砲か!!」
「馬鹿、声がするぞ。まさか、人間大砲でもついに始めやがったか。あんな衝撃でも生きてるなんてとんでもねぇ! とにかく逃げるぞ」
たくさんの土埃の舞う中、ざわざわと野次が飛ぶ。
まだ着地の衝撃で上がった土ボコリから姿が所々しか見えないマオとリコレッタは煙が晴れるのをそうして暫く待った。

「っ!!……女の子とブルードラゴン……か?」
「マオ様、戦で倒れ死にかけている者がいます」
「そうか。ふむ」
煙が晴れて見えた光景は想像を絶するものだった。
戦で負傷し、地に跪くもの。
血だらけでそれでも立って戦っているもの。
すでに骸となりて尚、さらに数多の生きているものに踏まれ放置されているもの。
それがそこかしこに大量に存在していた。
リコレッタが指し示したのは戦で軽症とはいえ、傷を負い、戦の勢いにのまれて足がガクガクと震え地に跪いている10歳ほどの小さくやせ細っている亜麻色の髪をした少年だった。
「おい。チビ。お前、どっちに勝ってほしいと思う?」
「マオ様?」
マオは辺りの景色など目もくれず、少年に向かって尋ねた。
「右か左か……? 選べ!」
イキナリ上空から現れたマオのさらに突然のこの質問に少年は大いに戸惑った。
マオが着地したのはそこで大規模な合戦が行われ、やがて右側の勢力によって押され移動した後の土地だった。
「どっちだ。早くしろよ。お前」
急かすマオに訳がわからず、少年はただ目を見張るばかりだった。
「わかった。じゃ、勝って欲しい方に顔を向けろ」
その言葉に少年は無意識に気になっていたのもあっただろう、自分がいた左の軍の方を顔を背けた。
「そっちか。わかった」
マオはそう言うと手に魔力を込めだす。
辺りには戦場だけあって恐怖や興奮といった感情……魔が満ちている。
魔力を溜めるにはまさにうってつけの場所だった。
「って、何する気ですか!? マオ様」
どんどん大きくなる魔力の塊にリコレッタは瞠目した。
「何? 単なる暇つぶしだよ。一度に人間をどれだけやれるか……と思ってな」
「マオ様、前回のことで皆殺しはやめるんじゃなかったんですか?」
「……リコレッタのことは大事だから殺さないし、殺させない。だが他のものはやはり我にとっては虫けら同然。かまいやしない」
マオは強い瞳でそう言いきると溜まっていく魔力に恍惚となった。
「マオ様……少しは成長してくださったと思ったのに……」
しょげるリコレッタとは関係なく魔力の波動はますます大きくなった。
「……おねぇちゃん、何をする気?」
その異様な光景に首を振った少年はただただ愕然とするばかりだ。
「だから言っただろう? 暇つぶしだ」

 マオが表情を変えずに答えた次の瞬間、その手にあったものは右側の隊列に直撃した。

 巨大な魔力の大砲のような衝撃に一気に右側の軍は蟻の子を散らすようにバラバラになった。
そこを逃すかと必死に右側の攻撃に耐えていた左側の軍が一気にとどめをさすように展開した。
後はもう時間の問題だろう。
首を振った少年は問題の一撃を加えた少女を大いに畏怖した。
そして、自分はなんてことをしてしまったんだろうと恐怖と共に興奮がやってきた。
もし左側に首を傾げれば自軍がやられていたのかもしれないからだ。
右側の軍の有様は酷いものだった。
マオの一撃を直撃したものは全て骸も残さないぐらいに滅び、辛うじて避けたものはその光景に愕然としていた。
自軍の屍をとるか、敵方の屍をとるか……まさに運命の選択だった。
少年は少女になんと言っていいのか分らずにその光景にポカンとしてしまっていた。

「リコレッタ。行くぞ」

マオはそんな少年の様子にもかわらず、一通り気が済んだのかゆっくりと踵を返した。
「は……はい。マオ様!」
リコレッタを連れ、再び上空へと舞い上がったマオ達一行は今度こそ住処である魔の森の方へと飛び立った。
そんな去り際の様子までポカンと見ていた少年は聞こえた不気味なキーワードに全身が震えていた。

「――あれが、ま……魔王……?」

少年は生涯自分が魔王と呼ばれる少女に出会い、何をしたのか。それを口に出すことはせずそっと胸にしまっておいたのだった。



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