「ふむ。わかった。リコレッタが泣くのを止めるというのなら、我はそうしよう」

 ゆっくりとマオは井戸に向かった。
途中、先ほどの男がマオの行く手を阻む。その手には先ほどキーリと戦った際に投げた大剣が握りしめられていた。
「嬢ちゃん、さっきの見てまだあきらめてなかったのかい?」
「あぁ、キーリのあれか。奴にしては珍しく激昂して本来の実力もちっとも役に立たなかったな」
マオは何でもないように言うがその心の中は複雑に入り組んでいた。
何故……キーリがやられてこんな気持ちになるんだ?とマオはその感情の正体がわからないままだった。
「悪いことはいわねぇ、さっさと諦めて……!! んがっ!!」
いきなり顔面に女性にしても意外にしっかりとした右手を被せられて男はどもった。
「な……何しやがる!? うぐっ!」
そのままこめかみの位置をぐりぐりと強い力で押されて男に強烈な頭痛が走った。
背の高さはマオの方が低いのに、男はマオに強制的に跪いているような形になった。
そのうちメリメリと嫌な音が鳴り、男は低い悲鳴をあげた。
「うぐっ……」
男は抵抗をしようとマオに向けて大剣を振り下ろしたが、マオは空いている左手の人差し指と中指で簡単に大剣を挟んで止めてしまった。
「な!……ぐっ」
そのまま大剣をめいいっぱい力強く下ろしてもマオの大剣を掴む手にはちっとも変化が見られない。
そんな状況に慌てた男は大剣を捨てて、蹴りをマオの胴体に入れようと振りかぶったが、すでに目の前にはマオは存在しなかった。

「ここだ」
声が聞こえたのは男の真後ろで……。
急いで後ろを向く男の喉笛を引っつかむとマオは声を低くして言った。
「我の邪魔をすると、これから先の貴様の未来が無くなるぞ? まぁそれでもよいというのならやるがいいさ」
殺気と呼ばれるものを漂わせながら真紅の瞳で睨むその姿は、常に他のものよりも上位のものを感じさせるものであった。
「ぁ……」
適わないと思ったのか男は一切の抵抗を辞め、静かに跪いた。

「マオ様!」
リコレッタはマオに駆け寄ってマオを心配した。
「おい、それよりも火事どうにかしろよ!!」
緊迫した状況を呼び戻したのはヴァイオレットだった。
「慌てるな。仕方ない……魔をほんの少し使うが……」
マオはすっと井戸の方に掌を向けた。
すると大量の水が井戸から地上に吸い上げられ出現した。
「よっと……」
マオはノアの店目掛けて腕を降ると一斉にその水がノアの店に降り注いだ。
じゅわぁああと白い煙を上げ店を覆っていた炎は8割がた消えた。

「マオ様! 火力は弱まりましたが、まだ火は消えていません」
水浸しの店内を見ながらリコレッタは状況を説明した。
「しょうがないな……井戸の水は枯れるほど使い果たしてしまったし……」
マオはその場をくるりと見回しやがてああと納得した声を出した。
「そうか。”水”があればいいんだな。なら……」
除雪作業の際に溜まった雪山を見上げ彼女はゆっくりと魔を放出し始めた。
黒い瘴気のようなものがあたりに漂いはじめるとその量に街の人々はマオを恐れ始めた。
最初こそただの邪魔者のエルフだと思っていた人々はやがて彼女がそれだけではないことを知る。
「こんなものか……」
マオは先ほどと同じように魔の力で雪山を持ち上げると燃えているノアの店に向かって雪山を投擲した。
――立ち上る白い煙とともに大量の雪が店に降り注がれた。
あまりの大量なその量に見ている者の視界が一瞬白く染まった。

 雪で埋め立てたと言っても過言ではないぐらい、かつて店であった場所は白銀の色に染まっていた。
街の人々は火が消えたことを知り、やがて騒動は終わったとばかりにそれぞれの場所へと帰っていった。
 
ノアはかつて店だった雪山に静かに佇み、焦げた柱をそっと撫でた。
「魔女よ。これからどうするんだ?」
「……分かりません。ただ、もう私をこの街が必要としていないことだけは確かなようですね」
必死で泣かないようにと表情の崩れたノアは一人だった。
「魔女よ。ならば我の城に来るか? 我に忠誠を誓うことになるが……」
マオは静かにノアを見つめて提案したが……
「いいえ、魔女が魔王の城にいるとなると他の魔女から攻撃されてしまいます。そうなるとあなた方にも迷惑がかかってしまう」
ノアは目をつぶって答えた。
「私は……かつて幾人ものアーノルドの魔女が眠るこの地で先人と同じように果てたいのです」
それは切なる願いだった。
アーノルドの魔女の魔女たりえる由来がその言葉に秘められているようだった。
「ならば、とりあえず俺と一緒に来ないか? 期間は1年間だし……その間に店を建て直したらどうだ?」
次に誘ったのは倒れていたはずのキーリだった。
「キーリ……生きていたのか?」
マオは驚きを顔いっぱいにしてキーリを見つめた。
「何勝手に殺してんだよ……マオが生きてる限り、俺は死なないさ!」
にっこり笑うキーリにマオは瞬間顔が沸騰したように赤くなるのを感じた。
「そ……そうか、それはよかったな」
マオは顔を隠すようにキーリに背を向けるとリコレッタに駆け寄った。
「? マオ様?」
リコレッタはヴァイオレットと共に翼の力で宙に浮いていた。
「何だ?」
「なんで、そんなに嬉しそうな顔していらっしゃるんですか?」
「!! そ……そうか? それより、さっさと帰るぞ。我は魔を使って疲れたんだ。で、ノアはどうするんだ?」
マオはもともとの議題を思い出し、ノアに問い詰めた。
「私……私は……」
「あーもう、考えるんだったら強制にしてやるよ!! 依頼はまだ終わってないだろう? アーノルドの魔女が約束を破るのか? 依頼が終わるまでマスターと一緒に旅をすることは絶対だ」
それまで黙っていたヴァイオレットが口を初めて出した。
「……なんだ? 依頼って。何か頼んだのか? ヴァイ」
キーリはヴァイオレットのその言葉に?マークを飛ばした。
「そうでした。キーリさんの惚れ薬の依頼と修行でしたね」
「……惚れ薬? って我が飲んだあの薬のことか……? いつの間にか効果がさっぱり切れておるな。前はヴァイオレットを食べたいとばかり思っていたが今はそんなに食べたいとは思わぬしな」
マオは体験した薬の効果について語る。
それを聞いたキーリは……
「ノア。惚れ薬の件はなしで……どうせ一日じゃ、マオは落ちない」
「全くです」
思わず同意してしまったリコレッタだった。
「では、修行の件ですね。特別に私が考えたトレーニングメニューをやってもらいましょう。そして3日に一度は私と実践です。それでいいですね? ヴァイオレット」
「おぅ! 頼むぜ」
「何故、本人の了解も得ずに話が進んでいくんだーー!!」
キーリの叫びもむなしくノアのキーリを修行させる旅はこうして始まろうとしていたのだった。



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